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カード決済に関する要件の厳格化|FATF勧告改正案が求める「ペイメントの透明性」とは?

目次

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    2024年2月26日、FATF(Financial Action Task Force)[i]は国境を越えた決済ビジネスの急速な発展や、ISO20022[ii]という業界標準の変化を反映するために、「勧告16 電信送金」に関する改正案について意見公募[iii]を開始しました。本改正案では、カード決済に関する要件の厳格化、ペイメントメッセージの改善、ペイメントチェーンの定義等の提案がされており、今後の決済システムの動向において重要なトピックとなると考えられます。本記事では、主に「カード決済に関する要件の厳格化」に着目し、改正案の解説を行います。

    FATF勧告16の概要

    「勧告16 電信送金」は、テロリストや犯罪者による資金移動の防止と検知のために設けられた勧告です。同勧告は、不審な取引の特定と報告、および資金の追跡と凍結が速やかに行われることを目的として、送金人と受取人の情報を資金移動に係る金融機関の間で共有することを定めています。具体的には、加盟国に対し金融機関の電信送金に以下のような義務を設けることを求めています。

    (1)ペイメントメッセージへの情報付加

    金融機関はペイメントメッセージに送金人情報および受取人情報を付加し、資金移動に係る金融機関全体でこれらの情報を保持しなくてはならない。

    なお、送金人情報および受取人情報に求められる要件は、国内送金(domestic wire transfers)、1,000米ドル/ユーロ以下の国際送金(cross-border wire transfers)、1,000米ドル/ユーロ超の国際送金(cross-border qualifying wire transfers)で異なる。

    (2)ペイメントメッセージの監視と適切な措置

    金融機関はペイメントメッセージが上記要件を満たすことを確保するため、監視および適切な措置を取らなければならない。

    (3)国連安保理決議等に係る取引禁止・資産凍結

    金融機関はテロ資金供与対策として、国連安保理決議で指定された個人や団体との取引を禁止し、資産凍結措置を取らなければならない。

     

    また、上記(1)(2)の義務について仕向金融機関(ordering financial institution)[iv]、中継金融機関(intermediary financial institution)[v]、被仕向金融機関(beneficiary financial institution)[vi]それぞれに責務が定められている。

    FATF勧告16改正案の概要

    今回の改正案では、ペイメントメッセージの標準化および決済ビジネスモデルの発展を踏まえて、主に以下の変更が行われています。

    用語の変更

    勧告16で使用されている用語を、ISO 20022等で使用されている用語に合わせることが提案されています。また、勧告16のタイトルも、「電信送金」から「ペイメントの透明性」に変更することが提案されています。

    カード決済に関する要件の厳格化

    カード決済を悪用した不正に対応するため、要件の厳格化が提案されています。詳細は次項で解説します。

    ペイメントメッセージの改善および確認義務

    データ品質を向上し、送金人と受取人を信頼性高く、より効率的に識別するためにペイメントメッセージの改善が提案されています。具体的には、ISO20022等の標準を採用すること、また、1,000米ドル/ユーロ超の国際送金(cross-border qualifying wire transfers)について、受取人情報に住所を必須とすること、送金人情報に国民識別番号、顧客識別子、または生年月日と出生地を含めること等の要件が提示されています。

    また、被仕向金融機関において、「ペイメントメッセージに含まれる受取人情報」と「自行で保有する受取人に関する情報」が一致することの確認義務が提案されています。

    ペイメントチェーンの定義

    送金における一連の流れ(送金指示、資金移動、ネット決済など)において、どの金融機関が勧告16の義務を負うのかを明確にするために、ペイメントチェーンの定義が提案されています。

    カード決済に関する要件の厳格化

    背景

    現状、クレジットカード、デビットカード、またはプリペイドカードによる決済は、以下のような条件が適用されており、その大半は勧告16の対象となりません。これは従来、カード決済は資金洗浄リスクが低いと考えられていたためです。

     

    • 勧告16の対象となる条件
      -個人間の電信送金に該当する場合
    • 勧告16の対象外となる条件
      -商品やサービスの購入であり、かつ
      -カード番号が上記の取引から生じるすべての電信送金に付随する場合

     

    しかしながら、FATFは以下のような不正利用の類型があることを指摘しています。

     

    • 偽の加盟店(fake merchant)を使用して、違法な商品の購入を合法的な購入として偽装する。
    • 実体の無い企業(shell company)を使用して、オフショアのアクワイアラーに口座開設を行い、違法商品の購入のためのカード決済を受け入れる。
    • 大量のプリペイドカードを資金洗浄に利用する。

     

    さらにFATFは、市場の発展によって、オンラインでの現金代替品の購入やマーケットプレイスを利用した個人間での商品購入など、サービスの購入と個人間の送金の区別が曖昧になったことを指摘しています。これらを踏まえ、従来は低リスクとみなされていたカード決済についても、リスクに応じて送金同等の規制を求めることが検討されています。具体的には、カード決済に関する要件について以下2つの選択肢が提案されています。

    選択肢①

    勧告16に下線部の要件を加える。

    • 勧告16の対象となる条件
      - 個人間のペイメント・価値移転[vii]に該当する場合

    • 勧告16の対象外となる条件
      - 加盟店からの商品やサービスの購入であり、かつ
      - カード番号及びイシュアーとアクワイアラーの名前と所在地が、上記の取引から生じるすべてのペイメント・価値移転に付随する場合

     

    選択肢①では勧告外となる条件として「加盟店」との取引であることが追加されています。この変更からは、マーケットプレイスを利用した個人間での取引等を規制対象とする意図が読み取れます。また、カード所有者・加盟店と顧客関係を持つ金融機関を明確に特定できるようにするため、カード番号に加えて、イシュアーとアクワイアラーの情報をペイメントメッセージに追加することが提案されています。

    選択肢②

    勧告16に下線部の要件を加える。

    • 勧告16の対象となる条件
      - 個人間のペイメント・価値移転に該当する場合
      - 国境を越えた現金・現金同等物の引き出し・購入に使用される場合
      - 国内において、1000米ドル/ユーロ超の現金・現金同等物の引き出し・購入に使用される場合
    • 勧告16の対象外となる条件
      - 加盟店からの商品やサービスの購入であり、かつ
      - カード番号及びイシュアーとアクワイアラーの名前と所在地が、上記の取引から生じるすべてのペイメント・価値移転に付随する場合

     

    選択肢②では、選択肢①に加えて「現金・現金同等物の引き出し・購入」が勧告の対象として追加されており、より厳しい内容となっています。これは、国外にある他金融機関のATMからの現金引き出し等を規制する目的で設けられたもののようです。[viii]

     

    FATFは本件について「この変更は重大なコストを伴う可能性があることを認識し、メリット、コスト、および実装上の問題について業界の意見を求める」と記載しており、今後の協議プロセスの中で適用範囲が明確化されていくと考えられます。

    今後の展開

    FATFは、本意見公募(2024年5月3日締め切り)を協議プロセスの第一歩と位置付けており、必要に応じてさらなる議論を行うことしています。また、改定された勧告の実施を促進するために、ペイメントの透明性に関するガイダンスを作成することが予定されています。

    関連する動向

    本改正案と関連した動向として、金融犯罪対策を目的とした12のグローバル金融機関で構成されるWolfsberg Group は、2023年10月19日にペイメントの透明性についての文書[ix]を公表しています。同文書は本改正案をサポートするような内容となっており、グローバル金融機関と規制当局の間で同じ課題意識が共有されていることが伺えます。

    まとめ

    決済ビジネスの発展を踏まえ、ISO20022というメッセージ標準の採用と併せて、金融犯罪対策についても、業態の違いを越えて同等のリスクならば同等の水準での対応が求められるようになると考えられます。

     

     

     

    [i] マネー・ローンダリング対策およびテロ資金供与対策の国際協調を推進するための多国間の枠組み。対策の基準となるFATF勧告(The FATF Recommendations)を定め、加盟国の法制度の有効性と整備状況の相互審査を行う。

    FATFウェブサイト:https://www.fatf-gafi.org/

    [ii] 金融通信メッセージの国際標準規格。詳しくは以下の解説記事をご覧ください。

    ISO 20022とは?金融分野での動向やセキュリティ上の留意事項を解説|ブログ|NRIセキュア (nri-secure.co.jp)

    [iii] Explanatory Memorandum and draft revisions to Recommendation 16

    意見公募ウェブサイト:https://www.fatf-gafi.org/en/publications/Fatfrecommendations/R16-public-consultation-Feb24.html

    [iv] 送金の始点となる金融機関。送金人の指示に基づき送金を行う。

    [v] 送金を中継する金融機関。

    [vi] 送金の終点となる金融機関。受取人に送金された資金を引き渡す。

    [vii] 改正案では電信送金(wire transfer)からペイメント・価値移転(payment or value transfer)に用語が変更されています。

    [viii] “This is intended to address the lack of transparency in foreign ATM withdrawals and purchases of cash or cash equivalents, which are not characterised as the purchase of goods or services. However, this would not apply to situations in which cash is being withdrawn by a person from the financial institution at which he or she is holding the account.” Explanatory Memorandum and draft revisions to Recommendation 16より抜粋。

    [ix] Wolfsberg Group Payment Transparency Standards

    Wolfsberg Groupウェブサイト:https://wolfsberg-group.org/