
前回(12月4日公開)のブログでは、「なぜ海外拠点のセキュリティはブラックボックス化するのか?」というテーマで、グローバルセキュリティガバナンスを阻む「文化の壁」と「知識の壁」について解説しました。今回は、米州(北米・南米)地域の現場に立つコンサルタントの目線から、米州拠点を持つ日系企業が直面しがちな
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海外拠点のセキュリティが「見えない・進まない」
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本社の正論が現場で機能しない
といった課題について、北米での実務経験をもとに構造的に整理し、実際に改善を前進させるための現実的なアプローチを紹介します。
前回の記事はこちら:
なぜ、海外拠点のセキュリティはブラックボックス化するのか?北米駐在員が語る、グローバルセキュリティを阻む2つの「壁」
日系企業が現場で直面する課題:米州拠点のリアル
NRIセキュアの北米支社(Security Consulting Department)では、米州地域の日系企業に対し、セキュリティアセスメントやその後の対策改善サポートを数多く提供しています。私たちはこれらの支援を通じて、日本国内の常識とは大きく異なる、海外拠点ならではの生々しい実態を数多く見聞きしてきました。
本章では、日系企業がグローバルガバナンスを推進する上で直面しがちな「現場のリアル」を、4つの事例に分けてご紹介します。
進捗・準備ゼロの月次定例会(文化の壁)
「報連相」を重視する日本と、現地の仕事の進め方には大きな乖離があります。ある日系企業の米州拠点では月次の進捗確認会を開催していましたが、期日までの回答がないばかりか、メールの督促もほとんど応答がないという状況がありました。いざ定例会を開いても、報告の準備は全くされておらず、「他の突発業務で忙しかった」「指示の内容に分からないことがあったのでそのままにしていた」と悪びれる様子もなく回答されます。
こうした現場において、筆者が現地の駐在員から強く耳にしたのは、「ゴールから逆算して自律的に計画を立て、実行に移す」という日本的な仕事の進め方そのものが、現地では当たり前ではないという戸惑いの声でした。
日本本社の担当者または駐在員は「進捗に遅れがあれば、向こうから相談が来るだろう」と善意の期待をしてしまいがちです。しかし、現地スタッフの視点に立つと、「明確なリマインドや詳細な指示がなければ、他の業務を優先しても構わない」と合理的に判断しているに過ぎません。海外拠点を統括する現場においては、日本流の「言わずもがな」の前提は通用しません。
ジョブ型雇用の副作用:職務定義の隙間に落ちるセキュリティ対策(文化の壁)
ある米州拠点での改善活動中、もう一つの「文化の壁」に直面しました。現地ではセキュリティ専門の担当者がいるケースは稀で、通常はIT管理者が実務を兼務することが多いです。しかし、本社から対策指示が出ても、彼らは「職務記述書(Job Description: JD)にセキュリティ対策は含まれていない」と主張し、対応に難色を示すケースがありました。
米州では「ジョブ型」雇用が徹底されており、JDに明記されていない、あるいは評価に直結しない活動は「本来の職務」とは見なされません。日本企業で期待される「役割を超えて自律的に動く」という暗黙の了解は通用せず、むしろ手順や責任の定義に「隙間」があれば、それは着手しないための正当な理由(自己防衛)として扱われてしまいます。この雇用慣習に基づいた判断と日本本社側の期待値のギャップが、プロジェクトを数ヶ月単位で停滞させる要因となります。
現場の『NO』を評価できない(知識の壁)
ある日系企業の米州拠点にCFOやコントローラーとして赴任した駐在員が、本社指示のツール導入を現地のIT担当者に指示した際、「今のネットワーク構成では不可能だ」「パフォーマンスが著しく低下する」といった技術的な反論を受けました。拠点の管理責任者である駐在員にとって、この反論が「妥当な技術的懸念」なのか、あるいは「現状を変えたくないための言い訳」なのかを評価することは容易ではありません。「よくわからないまま強弁して、万が一システム障害を起こしたくない」という心理が働くと、議論はそこで止まってしまいます。特に、IT専門ではないものの拠点の管理責任を担うCFOやコントローラー、経営層の方々にとって、現地の『技術的な反論』をどう評価し、動かすかは共通の悩みとなっています。
本質的な問題は、言語の壁以上に専門知識の格差による「情報の非対称性」です。IT部門出身でない駐在員が仲介役となる場合、現地の『NO』を技術的に論破したり代替案を評価したりできず、現場の主張に押し切られる形で停滞してしまいます。
「正論」の統制が生む面従腹背と情報の不透明化(ガバナンスの壁)
ここまで挙げた「文化の壁(動かない)」や「知識の壁(判断できない)」を無視して、日本本社が一方的に「あるべき論」や「一律の規定」を押し通そうとすると、『統制を効かせたい本社』と『実務を回したい現地』の間に、埋めがたい深刻なジレンマを生む結果となります。日本本社側の「正論」は、現場にとって「実態に合わない無理難題」へとすり替わってしまいます。その結果、現地スタッフは、表面上は従うフリをしながら、実態は何も変えようとしない「面従腹背」の状態が常態化していくのです。
さらに深刻なのは、度重なる摩擦を避けるための「自衛本能」から、現地側が都合の悪い情報を意図的に抱え込むようになることです。これにより、本社からは現場のリスクが見えず、現場からは本社の意図が理解できない「情報の真空地帯(ブラックボックス)」が生まれます。こうして、どれだけ立派なグローバル規定を策定しても、実態が伴わない「ガバナンス不全」の負の連鎖に陥ってしまうのです。
この状態は、「①文化の壁 → ②知識の壁 → ③ガバナンス不全」という順に課題が深刻化していく、グローバルガバナンスにおいて直面しやすい典型的な構造的課題と言えるでしょう。
解決策:ツール(Secure SketCH)と人(外部専門家)の二段階によるアプローチ
これまでに挙げた「文化・知識・ガバナンス」の構造的課題を克服し、改善を前進させるためには、単なるルール作りを超えた実効性の高い仕組みが求められます。
具体的には、Secure SketCHによる「リスクの可視化とゴールの共有」、そして専門家による「現地に即したタスク設定と並走型の進捗管理」をうまく機能させることが、プロジェクトを成功に導く大きなポイントとなります。NRIセキュアでは、プラットフォームツールと経験豊富なコンサルタントによる実行支援を掛け合わせることで、これらの要所を的確に押さえ、米州拠点におけるセキュリティガバナンスの着実な向上を支援しています 。
【ツール】Secure SketCH:正確な可視化と共通言語の構築
Secure SketCHは、グローバル拠点のセキュリティ状況を客観的に精査し、感覚や主観ではなく、国際的な基準に基づいて定量的に整理・可視化するためのツールです。拠点ごとの成熟度やリスクを同じ尺度で把握できるため、本社・現地双方にとって議論の前提となる「共通言語」を形成できます。
この可視化を起点に、改善の優先順位や中長期的な方向性を整理することで、対策が場当たり的になることを防ぎます。組織全体として一貫性のある改善活動を推進し、自律的なセキュリティレベルの向上を強力に後押しします。
<関連サービス>
Secure SketCH|セキュリティ評価を「得点」や「偏差値」で見える化
・「JDの壁」を乗り越える動機付け(課題2-2):
「職務記述書(JD)に含まれることはやらない」担当者に対しても、Secure SketCHによる可視化は強力なフックとなります。本サービスは、NIST CSFやISO 27001といったサイバーセキュリティにおけるグローバルスタンダードを評価指標としています。
「国際基準との乖離」を客観的な数値で示すことで、対策の必要性が職務上の正当な根拠(グローバル水準の維持)として明確になります。スコアアップという目標が「国際基準への適合状況の可視化」という形で見える化されることは、担当者にとっては自身の業務の妥当性を証明する手段となり、管理職にとっては拠点のリスク状況を本社へ報告する際の合理的な根拠となります。これにより、JDを重視する現場であっても、前向きな改善活動へと繋げることが期待できるのです。
・「情報の抱え込み」を打破する客観的な可視化(課題2-4):
情報の抱え込みが発生し実態が不透明になっている拠点に対しては、国際基準という共通指標と専門家による裏付けを組み合わせた重層的なアプローチが不可欠です。Secure SketCHは、世界的に合意されたガイドラインに基づき、各拠点の状況を主観の入り込まない「点数」や「ランク」として定量的に可視化します。国際水準とのギャップを客観的に判定することで、本社と現地間の「あるべき姿」に対する認識のズレを解消します。共通のものさしで現状を浮き彫りにした後は、その結果をいかに現地の文脈に落とし込み、改善への意欲を引き出すかが鍵となります。そのためには、ツールによる定量評価に加え、第三者の専門的な知見による補完が極めて有効です。
・確かな投資判断と経営層への報告支援(課題2-3):
現場の「できない」という反論に対し、本社側が投資の妥当性を客観的に判断することも重要です。Secure SketCHのシミュレーション機能を活用すれば、どの対策を優先すべきか、最も効率的にリスクを低減できる施策を事前に特定できます。これにより、限られたリソースでの投資対効果を最大化することが可能です。また、根拠が不透明になりがちな海外拠点の状況を「スコア」という共通言語で管理することで、経営層への説明や投資判断を強力に後押しするツールとしても機能します。
【人】外部専門家:現場への橋渡しと実務の牽引
Secure SketCHという「仕組み」に加え、現場の摩擦を解消し、可視化された課題を完遂させる「人」の介在が、プロジェクト成功の鍵を握ります。私たちは、改善活動の「推進エンジン」として以下のアプローチを行っています。
・「推進役」としてのフォローアップ(課題2-1):
「準備不足や進捗ゼロで会議に臨む」などの事態を物理的に防ぐため、各拠点とのミーティング前に個別に進捗を確認し、実務のコア部分(改善計画策定や規定のレビュー等)をリードします。これにより、日本本社側が求める品質基準を維持しつつ、現地のスピード感に合わせた確実なゴールへと導きます。
・「実務リード」による停滞の解消(課題2-3):
「専門知識の不足による情報のギャップ」に対し、専門家が「できない理由」を技術的な対話でその場で解消します。アセスメントで判明した膨大な課題を、現地のリソースを考慮した「今日から着手できる具体的なタスク」へと細分化することで、現場の混乱を防ぎ、プロジェクトを強力に牽引します。
・「第三者の視点」による納得感の醸成(課題2-4):
情報の抱え込みが発生し、実態が不透明(ブラックボックス化)になっている拠点に対しては、ツールによる可視化に加え、外部専門家が中立的な立場から介入することが極めて有効です。
①アセスメント中の精査:主観を排除し、実態を正確に把握する
専門家が回答内容の根拠となるエビデンス(証跡)の確認やヒアリングを直接行います。不適切な自己評価や過少申告を排除するプロセスを組み込むことで、2-4で述べた「情報の真空地帯」を解消し、真のリスク特定を強力に後押しします。
②アセスメント後の伴走:技術的文脈への翻訳と心理的安全性の確保
日本本社が掲げる「正論」を、現地にとっても「ビジネスを守るために必要な対策」であると専門家が技術的・実働的文脈で翻訳します。専門家が単なる“評価者”ではなく、共に課題を解決する“伴走者”として関与することで、現地スタッフの心理的負担を軽減し、前向きな議論を支援します。
・「生きた規定」への改善(課題2-4):
本社のグローバル規定と現地固有のポリシーを精査してGap分析を実施し、現地の実情に合わせて「運用可能な形」へと規定の改定やプロセスの再構築を支援します。本社が求めるガバナンスレベルを維持しつつ、現地が納得して守れる「生きたルール」へと昇華させることで、摩擦を解消し、健全なレポートラインを再確立します。
支援による改善効果:具体的な成功例
NRIセキュアのコンサルタントが、あるグローバル企業の海外拠点に対して継続的なフォローアップを実施した際の、対策状況(スコア)の推移をご紹介します。
支援開始当初は、顕著にスコアが低い拠点が見受けられるなど、拠点ごとの対策レベルには大きなばらつきがありました。そこで私たちは、まず各拠点の現状とリソースに合わせた現実的な「目標値」を設定しました。そのうえで専門家が介入し、日本本社からの抽象的な依頼を「今日から着手できる具体的なアクション」へと細分化して伴走を続けた結果、各拠点のスコアは着実に向上していきました。
あるグローバル企業の海外拠点におけるセキュリティスコアの推移

最終的に、対象となった多くの拠点が目標値を達成することができました。これは単なる数値上の改善に留まりません。現地スタッフがセキュリティ対策を「本社からの強制」ではなく「自分たちのビジネスを守るための課題」として腹落ちし、自律的に対応を進めてくれるようになった大きな変化の結果です。こうしたプロセスを通じて、支援終了後も現地主導で安定して運用を継続できる強固な土台が構築されました。
まとめ
海外拠点のセキュリティガバナンスは、技術やツールの導入だけで完結するものではありません。その仕組みが現地で正しく運用されるためには、現地の担当者が納得感を持って、主体的に動いてもらう環境を整える必要があります。
そこで、Secure SketCHによる「グローバル基準での客観的な見える化」と、専門家による「現場への深い橋渡し」を掛け合わせることが、最も実効性の高いアプローチとなります。単にルールを押し付けるのではなく、各拠点の「文化」を尊重し、「人」と深く向き合うプロセスを経て、初めて拠点のブラックボックスは打破されるのです。
米州地域をはじめ、海外拠点のガバナンス強化にお困りの際は、現場のリアルを知る私たち北米コンサルチームまで、ぜひお気軽にご相談ください。














