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欧州に見る次世代決済戦略|MPE2026参加レポート

目次

    欧州に見る、次世代の決済戦略|Merchant Payments Ecosystem 2026 参加レポート

    Merchant Payments Ecosystem(MPE)は、欧州の決済事業者が一堂に会する国際カンファレンスです。
    毎年ベルリンで開催される本イベントでは、決済分野における新技術や業界動向、規制動向等が共有されます。
    今年は、Agentic Commerceの台頭や、A2A決済における欧州の動向、決済インフラが直面している地政学的リスク等が、主要トピックとして多くのセッションにおいて取り上げられていました。


    本稿では、NRIセキュアの現地参加者が得た知見とともに、日本企業が押さえるべき今後の展望についてお伝えします。

    MPE2026について

    MPEの成り立ちと歴史

    MPEはMerchant Payments Ecosystemの略称で、2007年に欧州の決済事業者向けの専門イベントとして発足しました。同年に成立したEUにおける決済サービス関連規制を定めた「決済サービス指令第1版(Payment Services Directive、PSD1)」を受け、当初は各事業者が今後の動きを模索するための情報交換の場として機能していました。

     

    参加企業は大手のカード会社や金融機関が中心でしたが、その後の決済エコシステムの発展に伴い、決済代行事業者やフィンテック企業、またそれらのユーザーである加盟店にも広がりを見せ、現在では欧州の決済業界を代表する国際カンファレンスと位置付けられています。

    現地会場の様子

    今年で19回目となるMPE2026は、3月にドイツのインターコンチネンタル・ベルリンにて開催されました。

     

    参加者数は世界52カ国から約1,600名、セッション登壇者数は約170名にもおよび、基調講演のほか多数のセッションやパネルディスカッション、企業ブースでのデモやコミュニケーションが行われており、非常に内容の濃いものでした。

     

    会期は3日間と決して長くはないものの、欧州を中心に世界各国から幅広い企業の参加者が来場しており、本イベントの注目度の高さを窺い知ることができました。

    ▼会場のインターコンチネンタル・ベルリン

    会場のインターコンチネンタル・ベルリン全編を通じて特に印象的だったのは、1つひとつのセッションの密度とボリュームです。

     

    ほぼすべてのセッションが前半にプレゼンテーション・後半にパネルディスカッションという二部構成となっており、単なる製品やサービスの紹介に留まらず、業界の課題や今後の動向に関する議論が交わされる場となっていました。

     

    聴講者からのコメントがきっかけで議論が白熱する場面もあり、リアル会場ならではのインタラクティブなセッションの面白さ、熱気を肌で感じることができました。

     

    本イベントは加盟店やアクワイアラ、決済代行事業者等の様々な企業が一堂に会する活気にあふれた雰囲気もあり、会場の隙間を埋め尽くすように設置されたブースやミーティングエリアは常に満員で、活発なコミュニケーションが繰り広げられていました。

    ▼パネルディスカッションの様子
    パネルディスカッションの様子
     
    ▼常に満員だった商談エリア常に満員だった商談エリア

    本イベントのハイライト

    本イベントでは様々な観点から決済サービスについて論じられていましたが、中でも言及の多かったいくつかのトピックに焦点を当て、本記事の中で掘り下げたいと思います。

    Agentic Commerce

    1つめのトピックは、Agentic Commerce(エージェンティック・コマース)です。Agentic Commerceとは、AIエージェントが、ユーザー(人)の代わりに商品の検索・比較・決済等を自律的に行う、EC(電子商取引)の形態です。


    MPEでは、他国で先行し始めているAgentic Commerceの潮流と欧州の状況とを比較し、今後どのようなことを念頭に置いて実装を進めていくべきかについて、議論が活発に行われていました。

    まず明らかにされていたのは、米国や中国を比較対象としたAgentic Commerceに対する欧州のスタンスです。

    Agentic Commerceに関する各国の動向

    米国

    AIプラットフォーマーやビッグテックを中心に、UI、購買、決済等の各レイヤにおいて、Agentic Commerceを成立させるためのプロトコルを次々とリリース。2025年は、さらなるプロトコルの標準化や、実用化が急速に進み、市場への展開・浸透は目前となっている。

    中国

    AIエージェントとEC(商品検索やカード、決済、受注管理、物流等)を統合し、さらにAlipayやWeChatといったスーパーアプリ上で技術の高度化が進められている。 
    AI Agentによる自動購買や配送など、世界で最も早く「完全自律型Agentic Commerce」の社会実装を実現している。

    欧州

    米国発のプロトコルを採用し、実用化範囲を拡大しようとしている段階。一方で、"消費者保護"や"透明性"をはじめ、"データ主権"、"加盟店主権"、"AIへの過度依存回避"を重視する傾向が強く、無条件に市場への展開を推進する前に、“信頼できるAgentic Commerceをどう実現するか”をEUの各法規制と並行して議論が進められている。

     

    上記状況の中で、MPEにおいては、Agentic Commerceを単なる技術論ではなく、決済・EC・デジタルアイデンティティを横断するテーマとして取り上げ、加盟店としてこの変化をどう受け止め、どのような対応を進める必要があるか、様々な視点で議論がなされていました。ここでは、そこで取り上げられていたテーマやキーワードについて、いくつかご紹介します。

    テーマ① AIエージェントをどう信頼・統制するか(KYA/Human-in-the-Loop)

    今後、顧客の代理として行動するAIエージェントをどう信頼・統制するべきかが、議論のテーマとして取り上げられていました。

     

    信頼面においては、従来のKYCになぞらえ、AIエージェントの身元や権限範囲、信頼性を検証する“KYA(Know Your Agent)”の概念が提示され、悪意のあるbotと正当なAIエージェントを判別できるよう、これまで注力してきたbot対策をさらに洗練させる必要性が述べられていました。

     

    また統制面においては、欧州としても“完全自律型”への期待や憧れはあるものの、細かな権限制御(例:「閲覧のみ可」「一定額以下のみ自動決済可」等)や、人による最終意思決定を残す“Human-in-the-Loopモデル”が現実解として支持されていました。

    テーマ② セキュアなAI専用決済インフラの登場(Tokenization)

    従来の決済エコシステムの中で長い間存在してきたTokenization技術を進化させ、AIエージェントによる取引を安全に実現するための機能(例:Tokenベース認証に基づくAIエージェントの事前承認や、権限制御等)を提供する決済サービスの登場について述べられていました。

     

    また、主要な決済ネットワーク(国際カードブランド)や決済サービスプロバイダによって、当該サービスが既に市場へ展開され始めていることや、提供機能の詳細が発表されていました。

    テーマ③ 断片化するデータと、不正利用対策への影響(Fragmented Data)

    AIエージェントがユーザーの代理として、複数のシステム(商品検索や、カート、決済、受注管理など)を自律的に横断することで、これまで加盟店が直接把握できていた行動観測用のデータ(例:Cookie、ブラウザフィンガープリント等)が断片化され(“Fragmented Data”)、従来の不正検知が機能不全となる懸念が共有されていました。

     

    この事態への対応として、自社単独ではなく、外部信頼データを活用しながらエコシステム全体で情報を共有し、分析・判定する必要性が述べられていました。

    テーマ④ 加盟店主権の維持と、変化に柔軟なコマース基盤の整備(Merchant Sovereignty/Headless Commerce)

    Agentic Commerceの普及に伴い、加盟店が顧客との直接的な接点を喪失するリスクや、既存のロイヤルティプログラムが形骸化する懸念を背景に、顧客体験の提供元として、加盟店が主導権を握ることの重要性(“Merchant Sovereignty”(加盟店主権))が提唱されていました。

     

    また、米国主導により、AIプラットフォーマーと、Wallet事業者、ブラウザベンダ、決済ネットワーク等の各レイヤ間で一時乱立したプロトコルの標準化が進んだとはいえ、一部のレイヤにおいては、未だその主導権争いが続いているとの見解が示され、特定のプラットフォームへの依存を低減する必要性が指摘されていました。

     

    こうした状況を踏まえ、「人が使うEC」から、「AIが理解・実行できるEC」への移行が加速することを見据え、“Headless Commerce”等をはじめとした、プロトコルやチャネルの変化を柔軟に取り込むEC戦略が、今後のAgentic Commerce時代の競争力の源泉となることが示唆されていました。

    欧州は、Agentic Commerceの展開において慎重な立場をとってきていることから、米国・中国と比べ、この分野では相対的に出遅れていると言えます 。

     

    一方で、その立場を活かし、今後、AI規制・消費者保護・データ主権を踏まえた制度化と実装とを両立する形で着実に進め、欧州なりの進化を成し遂げるのは、決して遠い未来の話ではないと思われます。

     

    欧州においてECを展開する日本企業にとって、将来的な欧州ルール形成を見据えたEC・決済・データ設計を配慮することは、ビジネス戦略上の重要事項となるでしょう。

    A2A(Account to Account) Payment

    2つめのトピックはA2A(Account to Account) Paymentです。

     

    日本では口座間決済と呼ばれている決済方式で、クレジットカード会社を経由する従来型のカードによる決済方式とは異なり、銀行間の送金網を利用して決済が行われるため、手数料の削減や決済スピードの向上といった観点から注目度が高まっています。

     

    あるセッションでは、各国におけるA2A Paymentの普及状況について、以下のようなデータが示されました。

    欧州各国におけるA2A Paymentの普及状況

    スウェーデン

    人口の80%が何らかの形でA2A Paymentを利用している。

    ドイツ

    特にEC分野での伸びが著しく、1,500万人以上がA2A Paymentを利用している。

    イギリス

    2026年1月単月のみで、3,500万件のA2A Paymentのユースケースが確認された。

     

    当初は欧州各国ごとにA2A Payment事業者が存在し、国内で独自のサービスを提供していました。

     

    しかし、取引は原則として各国内のみに限定されており、国外で利用する場合は既存の国際カードネットワークに頼らざるを得ない点が課題とされてきました。

     

    そうした中、2024年にこれらを統合し欧州全域でシームレスに利用するための取り組みとして、デジタルウォレット「Wero」がリリースされました。

     

    Weroは欧州の民間金融機関によって設立された「欧州決済イニシアチブ(European Payments Initiative、EPI)」の主導するA2A Paymentのサービスで、これまでにドイツの「Giropay」やフランスの「Paylib」といったサービスがWeroへ移行・統合されてきました。

     

    利用可能な場面についても、個人間決済から企業間決済、ECへと着実に拡大を進めており、本イベントのセッションでは、2026年中に店舗における対面決済でも利用可能になるとの情報も共有されています。

     

    Weroは先述したドイツ、フランスのほか、ベルギーでも利用できるようになっており、近いうちにオーストリアやオランダでも提供開始が見込まれています。欧州全域への展開へ向けた取り組みは今後も進んでいくでしょう。

    「脱・米国依存」という共通意識

    本イベントを通じて繰り返し発されていたメッセージとして、「決済の主権を欧州に取り戻す」というものがありました。

     

    現在、欧州の決済市場はVisaやMastercardといった米国資本の国際カードブランドがシェア全体の約60%を占めているとされており、非常に大きな存在感を放っています。

     

    そうした環境の中で、カード決済手数料の不透明さや複雑さ、手数料上昇によるコストの増加、決済インフラの米国依存による地政学的リスク等の様々な事象に対する強い懸念が、欧州の決済事業者と加盟店の双方に共通していることが窺えました。

     

    先ほど挙げたWeroのようなA2A Paymentの仕組みのほか、デジタルユーロもこうした共通意識の基に開発が進められています。

     

    デジタルユーロはEU圏における中央銀行デジタル通貨(Central Bank Digital Currency、CBDC)で、現金と同等の価値を持つデジタル形式の法定通貨を指します。民間のソリューションとは異なり公共インフラとしての側面が強く、Weroと同様に米国依存の決済スキームから抜け出すための新しい方法としても注目されています。

     

    デジタルユーロは2026年6月現在構築中の段階ですが、本イベントのセッションにおいて、欧州中央銀行デジタルユーロ局製品部門責任者であるEric Tak氏は、デジタルユーロの基盤となるパブリッククラウドとしてAWSやAzureのような米国資本のサービスは利用せず、欧州のサービスを利用予定であると発言しています。

     

    具体的なサービス名への言及はありませんでしたが、欧州ベースのパブリッククラウドがデジタルユーロの基盤として選定される可能性があり、今後注視すべきポイントであると考えています。

     日本市場への示唆|欧州の動向から何を学ぶべきか  

    これまでに述べてきたように、欧州の決済市場ではAIエージェントの登場による急速な変化とともに、その土台となる決済エコシステムの米国依存脱却を目指す大きなうねりが起きています。

     

    米国企業が決済シェアの多くを占める状況は日本も例外ではありません。一方で、自国発の国際カードブランドであるJCBの存在や、Bank Payのような口座直結型の決済手段、その手軽さから急速に普及したQRコード決済など、ドメスティックな選択肢を多く持つ点は欧州と異なります。

     

    ただし、こうした国産インフラの裏側で米国のビッグテックによるパブリッククラウド等が利用されている可能性もあり、地政学的リスクは同様に無視できない課題です。日本でも検討が進められているデジタル通貨においては、こうした事項も念頭に置いてベンダやソリューションの選定を進めるべきであると考えます。

     

    また、本イベントで示されたように、欧州はAgentic Commerceのような技術的なイノベーションを受け入れつつも、データ主権や消費者保護について慎重な構えを見せています。人の介在を求める「Human-in-the-Loop」モデルや、AIの身元を保証する「KYA(Know Your Agent)」を重視する姿勢は、欧州らしい堅実かつ現実的なアプローチと言えるでしょう。

     

    今後は単にAIエージェントという新しい決済手段を導入する視点に留まらず、AIがすべてを完結させる時代を見据えた、一歩先を行くデータ設計やセキュリティガバナンスの構築が求められています。

     

    日本の決済市場においてもその影響は避けられず、国際動向を注視しながら乗り遅れずに対応する力が今まさに試されています。