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NRIセキュア ブログ

丸紅に学ぶ、実効性のあるセキュリティガバナンスの仕組み|グループ500社を動かした「対話」と「仕組み」の設計図

目次

    blogtopグローバルに複数の業種・分野で大規模な事業を展開するコングロマリット企業にとって、サプライチェーンやグループ・グローバル全体のセキュリティ対策を高度化することは、欠かせない経営課題と言えます。一方で、国内外のすべての事業会社や投資先において、妥協のない高水準のセキュリティ統制を維持し、現場に根付いた対策を継続的に実践していくことは決して容易ではありません。こうした課題に、総合商社の丸紅株式会社はどのように取り組んでいるのでしょうか。

     

    サプライチェーン攻撃が注目される以前から、日本でもいち早くグループ全体のセキュリティレベル向上施策を実施されてきた同社において、グループ全体のITセキュリティを統括されている橘高 弘一郎氏、加藤 淳一氏にお話を伺いました。

     

    丸紅グループ全体のセキュリティレベル強化策を、先進的に開始

    fig-7164丸紅株式会社 情報企画部長 橘高 弘一郎氏



    山口(NRIセキュア):当社が丸紅様の支援を開始したのは2012年です。当時、御社ではグループ全体のセキュリティ対策の底上げについて構想されている時期でした。近年は、サプライチェーンセキュリティが大きな注目を集めていますが、御社はそれよりもずっと以前からグループ全体のガバナンスを見据えた高いレベルのセキュリティ統制を検討・実施されてきました。
    橘高氏:そうですね。振り返ってみても早かったと思います。当社はITに関して意思決定が早いので、「Office365」の利用や、ファイルサーバーを廃止して「Box」へ全面移行する取り組みなども、日本企業の中ではかなり早い時期から対応しています。NRIセキュアへ相談した2012年頃は、グループ全体のセキュリティレベル向上について、私たちが所属する情報企画部が貢献できることはないか、本格的に検討し始めたタイミングでした。
    ――最初に着手された取り組みについて教えてください。
    橘高氏:

    最初に取り組んだのは、グローバル全体で統制するためのセキュリティポリシー策定と、それを実現するための共通ITサービスの検討・整備です。丸紅グループは世界126拠点、子会社だけでも338社、事業投資先や関連会社まで含めると約500社で構成されています。当然ながら、言語や事業内容、社員数、IT担当者の有無、セキュリティ対策の成熟度は会社ごとに大きく異なりました。こちらから一律に「各社でセキュリティ対策を実施してください」とお願いしても、「当社は既に十分な対策を行っています」という数千人規模の会社もあれば、IT担当者がおらず「何から手を付ければよいのか分からない」という10名ほどの会社もあります。そこで、丸紅グループとして“何を根拠に、どこまで対応すべきか”を明確に示すため、全96項目から成る共通ルールとして「丸紅ITガバナンスルール(以下、ITGR)」を策定しました。

    中島(NRIセキュア):当時、他社様の事例ではセキュリティポリシーの適用範囲として、事業規模の大きな中核企業のみを対象とし、小規模な企業は対象外とするケースも少なくありませんでした。その中で、丸紅様がグループ会社や関連会社全てをITGRの適用対象とされた点は、非常に印象的でした。
    橘高氏:会社によって一定の重みづけは行っています。96項目は重要度に応じて“Very high”から“Low”まで4カテゴリに分類しており、対象会社を高基準会社・通常会社・簡易会社に区分しており、高基準会社・通常会社はLowを除いた87項目、簡易会社は更にLowに加えてMiddleを除いた67項目を確認しています。
    ――ITGRへの準拠を進める中で、現場の理解を得るために、苦労された場面もあったのではないでしょうか。
    橘高氏:そうですね。「なぜセキュリティ対策が必要なのか」という点から説明が必要な会社もありました。そこで、ITGRの解説書や説明会動画を作成し5カ国語で展開しました。ただ、理解を得られたとしても、各社がITGRを読み解きながら個別に対策を実行するのは担当者の負担が大きくコストの問題も避けられません。そこで、ITGR準拠を支援する仕組みとしてグループ共通ITサービス「M-IGS」も展開しました。M-IGSを利用すれば、「Office 365」などの業務ツールやセキュリティ対策ツールをグループ全体のボリュームディスカウント価格で利用することができ、かつITGRで定めたセキュリティ要件も満たすことができます。
    中島(NRIセキュア):社員数10名ほどの会社が、数千人規模の会社と同じコストをかけて、同レベルのセキュリティ対策を実施することは現実的ではありませんが、グループ共通で安心して安価に利用できるM-IGSのような仕組みがあるのは現場にとっても“使える施策”になっていますよね。
    橘高氏:

    はい。IT専門チームを持たないような小規模な会社でも、メールを使わない会社はありませんからM-IGSはどの会社にとってもメリットがあるサービスになっていると考えており、多くのグループ会社へ展開が進み、現時点(2025年12月時点)で約220社が利用しています。

     

    ITGR、M-IGSに次ぐ、第三の柱としての情報セキュリティアセスメント

    fig-7190NRIセキュアテクノロジーズ 事業戦略推進本部 統括本部長 山口 雅史

     

     

    山口(NRIセキュア):2019年からは、グローバルアセスメントの実施も支援させていただいています。
    橘高氏:当初はM-IGSを導入していない会社を対象に、ITGRに準拠したセキュリティ対策が適切に実施されているかを確認する目的で開始しました。NRIセキュアに相談し、ITGRをベースに独自に設定した87項目を8つのカテゴリに分類し、カテゴリ別の評価と総合評価を行っています。評価が基準に満たない場合は改善計画を策定し、翌年のアセスメントで改善状況を再確認するというサイクルを回しています。
    中島(NRIセキュア):これまでに初回アセスメント、定期アセスメント2回、計3回のアセスメントを実施してきましたが、成果はいかがでしょうか?
    橘高氏:回を重ねるごとに、情報セキュリティアセスメント評価の平均値は着実に向上しています。現在では、ITGR、M-IGSに加え、情報セキュリティアセスメントが三つ目の柱として機能していると感じています。
    中島(NRIセキュア):一般的なアセスメントでは、アセスメント項目リストを渡して各社でセルフチェックしてもらうケースも少なくありません。一方で丸紅様は全項目について、アセスメント評価結果と併せて証跡の提出を必須とされています。この点は御社の大きな特徴の一つだと思います。
    橘高氏:セルフチェックだけでは、実態と報告に乖離が生じる可能性があります。本当に対策が実行されているかを確認するためには、証跡を提出してもらってこちらで確認することが重要だと考えました。どのようなものを証跡として提出すべきか、対応ができていない場合にはどのような対応を実施すべきか、といった点を理解してもらうためのドキュメント類も展開しています。
    中島(NRIセキュア):御社のアセスメントでは1回あたり約120~150社を対象としています。これほど大規模なアセスメントにおいて、全項目について証跡の提出を必須とする企業はほとんどありません。最初にご相談いただいた際には、私たちから簡略化したプランも提案したこともありましたが、御社は妥協されることなく、すべての項目に対する証跡を確認する方針を貫かれました。
    山口(NRIセキュア):御社のように多くの業種・業態で様々な規模の企業をグループ会社として保有する企業では、「あるべき姿」を重視するあまり現実味のないルールを現場に求めてしまったり、現場や事業投資先への配慮から運用に寄せすぎて十分なセキュリティレベルを維持できなかったり、バランスが非常に難しいのですが、御社はあるべき姿の実現に向けて、さまざまな施策や仕組みを絶妙なレベルで実現していらっしゃると思います。

    現場負担を抑えながら進める、アセスメントのコミュニケーション設計

    fig-7174NRIセキュアテクノロジーズ セキュリティアーキテクチャコンサルティング部 GM 中島 由宏

     

    ――アセスメント実施にあたってのコミュニケーションも大変だったのではないでしょうか。
    橘高氏:実際のコミュニケーションにおいては、NRIセキュアの皆さんにも非常に大きなご協力をいただきました。
    中島(NRIセキュア):NRIセキュアのメンバーが丸紅様企画部の一員として参画する形で、1社ずつコミュニケーションを行いました。国や文化、言語、事業内容など、会社ごとのキャラクターが大きく異なるため、2020〜2021年頃はほぼ毎日のように橘高様と「この会社にはどのような伝え方が適切か」と事前に相談・準備をした上で対応していました。
    橘高氏:定型文のメールを数百社に送ったとしても、受け取り方は担当者ごとにまったく異なります。120~150社を同時並行でアセスメントするので、実施する側としても簡単なことではありませんから画一的なメールを送ってしまいがちですが、こちらの事情は現場には関係のないことです。相手がセキュリティにどの程度理解があるのか、どの程度こちらからのサポートが必要か、そもそも自分のミッションだと認識しているのか――。そうした企業ごとの前提条件に合わせてコミュニケーションの取り方を変える必要があります。煩雑な調整や説明など、こちらで対応できることは極力引き受け、現場にはできるだけセキュリティ対応そのものに集中してもらいたいと考えていました。
    中島(NRIセキュア):コミュニケーションについて相談していた際、橘高様から「この会社は、朝起きたらまず靴の中にサソリが入っていないか確認するようなアジアの奥地にある会社です」と説明を受け、私たちが想像もできない環境で業務をしている企業の担当者とやり取りをしているのだと実感しました。私たちはセキュリティの専門家ではありますが、現地企業の文化や事情については分からないことも多くあります。その点を丁寧にサポートいただけたことで、円滑なコミュニケーションが可能になりましたし、丸紅様の企業文化への理解も深まりました。
    橘高氏:コロナ禍前のように往査であれば、現地を訪問して肌感覚で分かることも多かったと思いますが、現在はWebシステムを使ったリモート対応でアセスメントを行っています。だからこそ、そのあたりはお願いするにあたり私たちが責任を持って対応する必要があると思いました。
    中島(NRIセキュア):コミュニケーションという点では、我々NRIセキュアや委託先のUBセキュア社に対しても、ベンダーとしてではなくパートナーとして接してくださっていることも日々感じています。配下組織も含めた懇親会を開催いただくなど、NRIセキュア側のチーム全体の士気・連携まで気にかけてくださいました。
    山口(NRIセキュア):参加メンバーもいつも以上に情熱を傾けることができ、結果的に品質やスピードの向上にもつながっていると思います。
    橘高氏:情報企画部として我々が責任を持って進めている取り組みをサポートいただいているので、皆さんと私たちは一蓮托生の関係です。NRIセキュアの皆さんには情報企画部の一員としてコミュニケーションしていただいたので、NRIセキュアが関わっていることを意識していなかった現場担当者もいるかもしれません。泥臭い部分も含めて多くの協力をいただき感謝しています。
    ――新たな事業投資先とのコミュニケーションやアセスメントはどのようにされていらっしゃいますか?
    橘高氏:新たにグループに加わった企業が、参画直後からITGRに対応するのは現実的ではありません。そのため、事業買収前に実施するITデューデリジェンスの段階でアセスメント項目を盛り込み、事前に状況を確認しています。ギャップがある場合は事業計画に織り込むなど、早い段階から準拠に向けた準備を進めます。M-IGSを導入することで解消できると判断することもあります。

    現状評価の共有を軸に、現場と経営をつなぐセキュリティ推進サイクルを実現

    fig-7165丸紅株式会社 情報企画部 副部長 ITセキュリティ課長 加藤 淳一氏

    ――セキュリティ対策を実行に移すうえでは、現場とのコミュニケーションに加え、経営層のスピード感や関与も重要です。この点については、どのように取り組まれているのでしょうか。
    加藤氏:アセスメント結果は各社の担当者にフィードバックするだけではなく、経営会議などを通じて経営会議メンバー、営業部門長、海外総代表、主管部長など全ステークホルダーへ報告しています。これにより、グループ全体のセキュリティリスクが可視化されるとともに、個社ごとの状況が明確になります。現場と責任者の双方が状況を理解することで、対応が必要な場合には上層部から現場への指示が入ることもあります。経営層の理解を得ることで、現場にとってはセキュリティ対策に必要な予算を確保しやすくなるという効果もあります。
    中島(NRIセキュア):他のお客様から、「必要性を感じている施策があるものの、経営層への説明や合意形成に課題があり、十分な予算を確保できない」という悩みを伺うことがあります。丸紅様のように経営層が自部門の現状評価や課題を正しく把握できる仕組みが整っていてセキュリティリスクを理解されていらっしゃると、意思決定のスピードも向上させることができます。

     

    あるべき姿を見据えながら、対象領域と実践的な備えを拡大

    fig-7119

    ――今後予定されている取り組みについて教えて下さい。
    加藤氏:ITGRのアップデートや、アセスメントなどは継続しながら、現在、NRIセキュアの皆さんと相談して新たに進めている取り組みの一つが、ビジネスIT領域のセキュリティ強化です。これまではコーポレートITを中心にセキュリティ高度化を進めてきましたが、現在はビジネス部門がDX推進のために個別で構築したシステムや工場システム(OT/IoT)、ECサイト、Webシステムなどについても、IT資産の把握や脆弱性テストに取り組んでいるところです。将来的には常時監視できる体制を目指しています。
    山口(NRIセキュア):アタックサーフェス(Attack Surface)マネジメントについても対応されていますが、巧妙化する攻撃に備えるうえで重要な考え方です。攻撃対象となり得るIT資産や経路をあらかじめ把握し、机上でガバナンスを効かせながら、技術的な観点で問題がないかを定期的に確認していくことが求められます。
    橘高氏:あわせて、有事を想定したペネトレーションテストやインシデント発生時の対応訓練も計画しています。どれだけ平時の対策を講じても、攻撃そのものを完全に防ぐことはできません。万が一の際に、会社としてどのように動くべきかを明確にするため、リーガルや広報部門も含め、シナリオに沿って役割や対応を整理し、事前に体制を構築しておく必要があると考えています。今後もご支援いただきながらより実践的なセキュリティ対策に取り組んでいきたいと考えています。
    中島(NRIセキュア):ありがとうございます。本日あらためてお話を伺い、現場に根付くセキュリティ統制の在り方について、御社の取り組みから学ぶべき点が多いと感じました。
    山口(NRIセキュア):近年は攻撃者側もAIを活用し、攻撃の量・質ともに高まっています。NRIセキュアとしてもAIを活用しながらスピードと精度を高める取り組みを進めています。丸紅様の高度な取り組みにしっかりと伴走できるよう、今後も力を尽くしてまいります。

     

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