2023年末、ネットニュースでうるう秒が廃止されるという記事を見かけて大変驚きました。正確には、国際連合の専門機関である国際電気連合(ITU)がうるう秒を2035年までに廃止することを承認したという内容です。
IT業界ではうるう秒の挿入は毎回注目されるイベントで、過去にうるう秒が挿入された際には、複数のお客様からSecurePROtechtサービスの対応について問い合わせを受けました。本稿では、このうるう秒廃止の経緯について触れたいと思います。
うるう秒(leap second)とはどういうものでしょうか?日本標準時を管理するNICT(情報通信研究機構)のサイト[i] では、以下の様に記載されています。
私たちの日常生活は太陽の動きと深くかかわっています。そのため、日常的に使われている時系は、地球の運行に基づく天文時系である世界時(UT1)に準拠するように調整された原子時系です。これを協定世界時(UTC)と呼びます。
地球の自転速度は、潮汐摩擦などの影響によって変化するため、世界時(UT1)と協定世界時(UTC)との間には差が生じます。そこで、協定世界時(UTC)に1秒を挿入・削除して世界時UT1との差が0.9秒以上にならないように調整しています。この1秒は「うるう秒」と呼ばれます。
私たちが普段使っている時刻は高精度な原子時計に基づいて決められていますが、地球の自転速度によって決められた時刻は自転速度が不規則なため、2つの時刻は徐々にずれていきます。そのずれを調整するのが、うるう秒です。
このうるう秒による時刻の調整は、地球の回転の観測を行う国際機関である「国際地球回転・基準系事業(IERS:International Earth Rotation and Reference Systems Service)」が担っており、IERSのうるう秒挿入の決定を受けて世界で一斉に「うるう秒」の調整が行われています。日本では、総務省およびNICTが法令に基づき標準時の通報に係る事務を行っており、IERSの決定に基づきNICTにおいて日本標準時に「うるう秒」の挿入を実施しています。
表1に示すように、1972年1月1日に現在の協定世界時(UTC)が調整されてから、うるう秒は27回挿入されています。一番最近だと2017年1月1日に実施されており、日本だと、8時59分59秒と9時00分00秒の間に8時59分60秒が挿入されました。
うるう秒の挿入により、ずれる時刻は1秒です。たった1秒ですが、コンピュータシステムではその1秒が大きな問題を引き起こします。特に2012年7月1日のうるう秒挿入時には、世界中のWebサービスで影響がでたと報告されました[ii] 。
例えば、日本でもミクシィのサイトへつながりにくくなったことや、さくらインターネット社からは同社のサービスに影響がでたと報告されました[iii]。このときのトラブルの原因の1つは、Linuxのカーネルの不具合といわれており、一部のカーネルバージョンでは、うるう秒挿入時にCPU使用率の上昇やカーネルパニックなどが発生していました。この不具合は新しいカーネルバージョンでも影響を受けていたため、広く影響を受けたと考えられています。
上記のように様々な問題が発生したことを受け、次の2015年のうるう秒挿入時には以下のような対策がとられました。
例えば東京証券取引所では、1秒のずれをうるう秒挿入2時間前の午前7時から徐々に調整を行う方式をとり、かつ事前にテストまで実施していました[iv]。各社の対応の結果か、この年のうるう秒挿入時には2012年ほどのトラブルは報告されなかったようです。
なお、SecurePROtechtで管理している機器が参照しているNTPサーバでは、東京証券取引所と同様に、うるう秒挿入の2時間前から徐々に調整を行う対応が実施されました。
うるう秒の対応には毎回手間がかかり、うるう秒の挿入が決定されるのも実は半年前と時間もそれほどありません。では、うるう秒が廃止になって、何か私たちの生活に影響はあるのでしょうか。
うるう秒が地球の自転によって決められた時刻との差を調整するためのものなので、うるう秒が廃止になるとどんどんずれてしまう可能性があります。ただ、1972年以降約50年でうるう秒が挿入されたのは27回(合計27秒のずれ)であり、私たちの日常で体感するほどのずれではないと言えます。
また、表2に示すように、ITUのレポート[v]では継続的なUTCに変更する(うるう秒を廃止する)場合の利点と欠点を挙げています。
欠点は、うるう秒廃止にともなう対応が多く、ロシアの無線航行衛星システムは対応に15年はかかるとも言われています。
うるう秒の廃止の検討はかなり古く、1999年頃から始まっています。2015年の世界無線通信会議(WRC-15)では下記の4つの案が提案され検討されました。
アメリカ・フランス・オーストラリア・韓国・中国・日本はA案のうるう秒廃止案を支持しましたが、英国・ロシアは廃止に反対、アラブ6か国は引き続き検討が必要で現時点でのうるう秒廃止は反対としていました。結果的にこの会議では、現行UTCは変更せず(うるう秒の廃止は無し)、将来の時刻系についてさらなる研究を行い、2023年の世界無線通信会議(WRC-23)で再検討することとなりました[vi]。
その後、2022年に国際度量衡総会(CGPM)にて、2035年までにUT1-UTCの差の最大値を0.9秒から引き上げ、ITUと関連機関とも協議のうえ、1世紀はUTCの継続性を保証する新しい差の最大値(UT1-UTC)を提案するという決議が行われました[vii]。
そして、翌年の2023年12月世界無線通信会議(WRC-23)で、この決議が承認されました[viii] 。つまり、うるう秒の挿入を2035年以降100年以上実施しないことが決まったのです。
これまで実施されてきたのは、すべて正のうるう秒の挿入でしたが、2020年以降地球の自転速度が速くなっており、2029年までに負のうるう秒を挿入する可能性があるという報告がされています[ix]。
負のうるう秒を挿入する場合、日本時間では8時59分58秒の次が9時00分00秒となり、8時59分59秒が削除されることになります。影響としては、やはり初めてのことのため、そもそも未対応のソフトウェア・ハードウェアが存在したり、未知の不具合が発生したりする可能性があります。
仮に、SecurePROtechtで提供している機器で対応する場合、正のうるう秒挿入の時と同様に以下の対応が考えられます。
今回はうるう秒の廃止の経緯について触れました。廃止される予定は2035年以降であること、初の負のうるう秒が挿入される可能性があることを説明しました。負のうるう秒挿入の実施についてはまだ可能性のレベルではありますが、お客様に提供しているサービスへの影響がでないよう、引き続き動向を注視していきたいと思います。
[i] 協定世界時(UTC)とうるう秒調整
https://jjy.nict.go.jp/mission/page1.html
[ii] 「うるう秒」で複数サービスに障害
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1207/02/news038.html
[iii] さくらインターネット株式会社 「うるう秒」挿入実施に伴うサービスへの影響について
https://www.sakura.ad.jp/corporate/information/announcements/2012/07/04/655/
[iv]1日が長くなる「うるう秒」で対策 東証は1秒を2時間かけて分散
https://www.sankei.com/article/20150630-GNTP52LB25MGVHAZ736YTJAYAA/
[v] ITU-Rによる研究報告書
https://www.itu.int/dms_pub/itu-r/opb/rep/R-REP-TF.2511-2022-PDF-E.pdf
[vi] WRC-15 プレスリリース
https://www.itu.int/net/pressoffice/press_releases/2015/53.aspx#.Vk6G-HbhBB8
[vii] CGPM決議4 UTCの利用と今後の展開について
https://www.bipm.org/en/cgpm-2022/resolution-4
[viii] Final Act of the WRC-23
https://www.itu.int/en/publications/ITU-R/pages/publications.aspx?parent=R-ACT-WRC.16-2024&media=electronic
[ix] 地球温暖化により地球規模の計時問題が延期される
https://www.nature.com/articles/s41586-024-07170-0