海外に進出する多くの日本企業が直面する共通の課題があります。それは、本社がどれだけ包括的なセキュリティポリシーを策定しても、海外の拠点やグループ会社でそれが適切に実行されているかを確認するのに苦労しているという現実です。
本社と現場の間には、時差や言語、文化といった目に見えない「壁」が存在し、効果的なガバナンスの浸透を阻んでいます。本社から目が届きにくい海外拠点を起点としたセキュリティインシデントは、実際に日々発生しており、この「壁」は事業継続を脅かす致命的な弱点となりかねません。
では、その「壁」の正体とは一体何なのでしょうか?本記事では、北米のサイバーセキュリティの最前線で活動する筆者が、壁の構造を解明し、それを乗り越えるための具体的な方法を提示します。
※本記事は10/15に大阪で開催されたNRIセキュアのイベント「Kansai Security Update」の講演をもとに作成しました。
本社と海外拠点の間の最初の障壁は、仕事の進め方に関する文化的なギャップです。日本企業は一般的に、高頻度かつタイムリーな報告、詳細な文書化、そして「完璧さ」を期待する傾向にあります。
しかし、海外拠点の現実は異なります。多様な海外拠点をひとくくりにはできませんが、日本本社と比較すると彼らはスピード感と効率性を重視し、限られたリソースの中で業務負荷(Overhead)をできるだけ避けようとします。この価値観の違いが摩擦を生み、本社が求めるセキュリティ対策と状況報告が、現地では「ただ面倒で非効率なもの」と受け止められ実施する優先度が下がってしまうのです。その結果、監督する本社側もグローバルで対策を展開する手応えが得られず、双方にとってフラストレーションが生じる状況に陥ります。
この文化的な衝突は、セキュリティ対策の浸透・展開における大きな障害となります。日本における仕事の進め方が、海外では過剰な業務負荷と見なされてしまいます。
次に立ちはだかるのは、グローバルな人員配置における構造的な課題、すなわち日本からの駐在員と現地のローカル社員との間に存在する専門知識の「壁」です。
多くの場合、海外拠点に派遣される駐在員は、ITやセキュリティの専門家ではありません。他の業務と兼務しながら、日本本社からはIT・セキュリティ面の管理・監督を期待されるという、極めて難しい立場に置かれています。一方で、実際のIT・セキュリティ業務は、専門知識を持つ現地のローカル社員や外部ベンダーが担当しています。
この知識の差が原因で、駐在員は現地のセキュリティ対策の実態を深く踏み込んで把握・監督することが困難になります。専門家ではないにもかかわらず説明責任を負わされる駐在員と、その監督下にある現地担当者との間には見えない壁が生まれ、現場の状況は「ブラックボックス化」してしまうのです。
これらの「壁」が、本社が海外拠点のセキュリティ状況を正確に判断できない「ブラックボックス化」を生みます。この現象は、主に2つのパターンに分けられます。
いずれのパターンにおいても、根本的な問題はコミュニケーション不全と共通理解の欠如です。本社から見れば、海外拠点の状況が見えず、「どの領域から着手すべきか、どの程度まで対策させるべきか」という次の一手を打つための判断が全くできないという、戦略的な手詰まり状況に陥ってしまいます。
これらの壁を乗り越えるための解決策は、本社と海外拠点の双方が状況を正確に把握するための「共通理解」という土台を戦略的に構築することにあります。そのための具体的な打ち手として、以下の3つが挙げられます。
これまで論じてきた「壁」を乗り越えるためのアプローチが、実際のビジネスの現場でどのように機能し、成果を上げているかをご紹介します。複数のお客様において、当社が提供するプラットフォーム(Secure SketCH)とコンサルタント支援を組み合わせることで、グローバルガバナンスを推進を実現している事例があります。
サイバー攻撃が日々高度することから、グローバル企業におけるセキュリティの取り組みは必然的に長期にわたる対応となり、持続的に取り組むためには実効性と効率性の両立が求められます。グローバルなセキュリティガバナンスを確立するために、自社の体制や海外拠点の状況に応じて、適切なツールや専門家などの外部リソースを借りつつ取り組むことが重要になります。