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なぜ、海外拠点のセキュリティは「ブラックボックス化」するのか?|北米駐在員が語る、グローバルセキュリティを阻む2つの「壁」

作成者: 松本 直毅|2025/12/04

海外に進出する多くの日本企業が直面する共通の課題があります。それは、本社がどれだけ包括的なセキュリティポリシーを策定しても、海外の拠点やグループ会社でそれが適切に実行されているかを確認するのに苦労しているという現実です。

 

本社と現場の間には、時差や言語、文化といった目に見えない「壁」が存在し、効果的なガバナンスの浸透を阻んでいます。本社から目が届きにくい海外拠点を起点としたセキュリティインシデントは、実際に日々発生しており、この「壁」は事業継続を脅かす致命的な弱点となりかねません。

 

では、その「壁」の正体とは一体何なのでしょうか?本記事では、北米のサイバーセキュリティの最前線で活動する筆者が、壁の構造を解明し、それを乗り越えるための具体的な方法を提示します。

 

※本記事は10/15に大阪で開催されたNRIセキュアのイベント「Kansai Security Update」の講演をもとに作成しました。

 

第一の壁:仕事の進め方をめぐる「文化の壁」

本社と海外拠点の間の最初の障壁は、仕事の進め方に関する文化的なギャップです。日本企業は一般的に、高頻度かつタイムリーな報告、詳細な文書化、そして「完璧さ」を期待する傾向にあります。

 

しかし、海外拠点の現実は異なります。多様な海外拠点をひとくくりにはできませんが、日本本社と比較すると彼らはスピード感と効率性を重視し、限られたリソースの中で業務負荷(Overhead)をできるだけ避けようとします。この価値観の違いが摩擦を生み、本社が求めるセキュリティ対策と状況報告が、現地では「ただ面倒で非効率なもの」と受け止められ実施する優先度が下がってしまうのです。その結果、監督する本社側もグローバルで対策を展開する手応えが得られず、双方にとってフラストレーションが生じる状況に陥ります。

 

この文化的な衝突は、セキュリティ対策の浸透・展開における大きな障害となります。日本における仕事の進め方が、海外では過剰な業務負荷と見なされてしまいます。

第二の壁:専門知識のアンバランスが生む「知識の壁」

次に立ちはだかるのは、グローバルな人員配置における構造的な課題、すなわち日本からの駐在員と現地のローカル社員との間に存在する専門知識の「壁」です。

 

多くの場合、海外拠点に派遣される駐在員は、ITやセキュリティの専門家ではありません。他の業務と兼務しながら、日本本社からはIT・セキュリティ面の管理・監督を期待されるという、極めて難しい立場に置かれています。一方で、実際のIT・セキュリティ業務は、専門知識を持つ現地のローカル社員や外部ベンダーが担当しています。

 

この知識の差が原因で、駐在員は現地のセキュリティ対策の実態を深く踏み込んで把握・監督することが困難になります。専門家ではないにもかかわらず説明責任を負わされる駐在員と、その監督下にある現地担当者との間には見えない壁が生まれ、現場の状況は「ブラックボックス化」してしまうのです。

果として「ブラックボックス化」が発生す

これらの「壁」が、本社が海外拠点のセキュリティ状況を正確に判断できない「ブラックボックス化」を生みます。この現象は、主に2つのパターンに分けられます。

  • パターン1:実態として対策ができていない
    海外拠点側でセキュリティ対策の重要性や優先度が認識されておらず、対策が実際に行われていないケース。
  • パターン2:対策はできているが、伝わっていない
    海外拠点側が国際標準などに準拠して自主的に対策を行っているにもかかわらず、その内容が日本本社が理解できる形で報告されず、正しく認知されていないケース。


いずれのパターンにおいても、根本的な問題はコミュニケーション不全と共通理解の欠如です。本社から見れば、海外拠点の状況が見えず、「どの領域から着手すべきか、どの程度まで対策させるべきか」という次の一手を打つための判断が全くできないという、戦略的な手詰まり状況に陥ってしまいます。

「壁」を乗り越える鍵は「共通理解」の確立

これらの壁を乗り越えるための解決策は、本社と海外拠点の双方が状況を正確に把握するための「共通理解」という土台を戦略的に構築することにあります。そのための具体的な打ち手として、以下の3つが挙げられます。

  1. 共通ツールによるモニタリング
    これは、報告文化の違いから生じる「文化の壁」を乗り越えるための施策です。関係者全員が同じプラットフォーム上でリアルタイムに状況を確認できるようにすることで、海外拠点が「Overhead」と感じる都度都度の対策状況報告負荷を軽減しつつ、各関係者が各拠点のセキュリティ対策状況を確認したいタイミングで確認できるようになります。
  2. フレームワークによる可視化・定量化
    これは現地のセキュリティ対策の状況が見えにくくなる「知識の壁」に対する施策です。グローバルスタンダードなどの標準化されたフレームワークを用いて評価の「尺度を統一」します。これにより、各拠点のセキュリティ対策状況の実態について、各関係者が目線を合わせた建設的な対応を行えるようになります。
  3. 外部専門家によるブリッジング
    これも、構造的な人員配置が生む「知識の壁」を埋めるための効果的な手段です。専門家が「橋渡し役」として駐在員、現地社員、そして本社担当者の間に入ることで知識の壁を埋め、円滑なコミュニケーションを促進します。これにより、組織の構造的な欠陥を補い、ガバナンスの実効性を高めることができます。

事例 「壁」の向こう側へ

これまで論じてきた「壁」を乗り越えるためのアプローチが、実際のビジネスの現場でどのように機能し、成果を上げているかをご紹介します。複数のお客様において、当社が提供するプラットフォーム(Secure SketCH)とコンサルタント支援を組み合わせることで、グローバルガバナンスを推進を実現している事例があります。

 

  • 可視化・定量化の実現
    まず、Secure SketCH を活用し、グローバルスタンダードのガイドラインに基づいて、世界各地のグループ会社のセキュリティ対策状況を網羅的かつ客観的に評価しました。これにより、これまで曖昧だった各拠点のセキュリティレベルが、拠点間で比較可能な「点数」として明確に可視化されました。

  • 対策実行とモニタリング
    これに加えて弊社のコンサルタントが「橋渡し役」として支援しています。具体的には、本社に対しては各拠点の課題と改善計画の進捗状況を本社が期待する粒度・頻度で報告するとともに、各海外拠点に対しては、現地のIT担当者に向け対策の背景を丁寧に説明しながら、具体的な進捗管理を行っています。

  • 具体的な成果
    この取り組みの結果、各海外拠点のSecure SketCH上の対策スコア向上、という形で成果が表れています。実際に、現状のスコアと目指すべきスコア、という目に見える形で目標が設定され、スコアの改善という成果が実際に現れることで、本社と海外拠点が同じ目標に向かって協力する体制が構築され、ガバナンスが実質的に機能し始めています。

この事例が示すように、適切なツール(プラットフォーム)と専門家(ブリッジング)の支援を組み合わせることが、本社と海外拠点の間に存在する「壁」を乗り越え、実効性のあるグローバルセキュリティガバナンスを実現するための鍵となります。

Conclusion: 「壁」の向こう側へ

サイバー攻撃が日々高度することから、グローバル企業におけるセキュリティの取り組みは必然的に長期にわたる対応となり、持続的に取り組むためには実効性と効率性の両立が求められます。グローバルなセキュリティガバナンスを確立するために、自社の体制や海外拠点の状況に応じて、適切なツールや専門家などの外部リソースを借りつつ取り組むことが重要になります。

 

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